BLOG 店主敬白

還暦のくすり屋さん、馬場英二が常々思うこと。

神谷美恵子さんの「生きがいについて」読んで
2018年8月20日 18:48

「生きがいについて」の本の中に、人間はそうゆう「切迫感」に襲われなければ、精神的なものに価値を置く生き方ができないのかという問題だ、それでは真実の生き方をする人々は、難病患者や、がん末期の患者など極く限られた人々になってしまう。一体どうすればよいのか。そのジレンマに対する回答を探るための貴重なヒントとなるエピソードがある。ガンの末期にもかかわらず、いのちの授業を続けた神奈川県茅ヶ崎市浜之郷小学校の大瀬敏昭校長の生き方だ。大瀬校長は、ガンの手術を受けて間もない2000年1月から末期になって最後の入院を余儀なくされた2003年12月までの4年間、子供たちに自分がガンであることを知らせた上で、教室の現場で子供たちに語りかけ続けた。特に再発して治癒は困難と告げられてからの最後の1年間は、点滴瓶を下げ、教壇からではなく子供たちの机の横に入り込み、子供たちと目の高さを同じにして、命の大切さを語りかけていたのだ。人間だけでなくいのちあるものはすべて、親から子へといのちが引き継がれていくこと、そうやっていのちは消えることなく続いていること、自殺などでいのちを縮めるのは自分を粗末にすることになる。神でも家族でも友達でもいいから信じられることを持つこと、などを絵本や学校で飼っているヤギなど身近で具体的な例を挙げて、じっくりと語りかけるのだ。まさに大瀬校長は迫りくる死への「切迫感」から、全身全霊を込めて子供に語りかけたかったのだろう、これに対し、子供たちは真剣に耳を傾け、自分が感じたことや考えたことについて、しっかりとした発言をした。そして、教えを受けた子供たちは「大瀬先生は自分たちの心の中で生きています」とかたっているという。このエピソードが教えてくれることは、いのちへの「切迫感」を抱くものが他者に対して、体当たりといってもいいような真剣さで向き合い、肉声でいのちや生き方や人間関係のあり方について率直に語りかけることの重要性についてだ。親子でも教師と子供でも専門家と一般市民でも、向き合うということが避けられがちな昨今の日本の状況の中で、大瀬校長のいのち教育への取り組みは、重要な示唆をあたえてくれる。

生きがいについて  神谷美恵子著より抜粋。

 

 

 

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